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ご挨拶

明治35年財団法人同仁会設立以来、時代の要請に応え、国際的な医療活動を行ってきました。その発展と共に同仁会東京病院→同和病院→明和病院と改称し、現病院を平成10年12月に完成。
明るく和やかな病院として地域医療福祉に貢献する事を目指して「明和病院」と名付け、成人から高齢者まで、健康管理と生活習慣病の予防に力を入れております。
千代田区で初めての療養病床として、地域福祉・医療機関との連携の下、親切で信頼される医療を提供しております。

理事長・院長|医学博士 水山和之 Kazuyuki Mizuyama

〈経歴〉
昭和59年 筑波大学医学部卒業、筑波大学付属病院麻酔科勤務
平成 4年 筑波大学臨床医学系分部教官講師
平成 6年 財団法人同和病院 院長
平成10年 【改称】財団法人同仁記念会 明和病院 院長
平成19年 【改組】医療法人財団同仁記念会 明和病院 理事長 院長

〈著書〉
日常生活の状態からみる 家庭介護 高齢者の病気ケア

明和病院 沿革

明治35年: 財団法人同仁会設立。所在地:神田神保町2-10。アジア諸国における医学行政の普及確立を活動目的とした団体。総裁に久邇宮邦彦王殿下、初代会長 長岡護美。歴代会長には大隈重信(第2代)、近衛文麿(第5代)らが就任。副会長には、大正天皇の侍医頭(じいのかみ) 東京帝国大学医学部教授の入沢達吉博士が就任。
昭和 7年: 同仁会本部内に診療所開設。金子義晁博士(東京帝国大卒、東京医科大学教授)院長就任。
昭和12年: 神田神保町2?32に「同仁会東京医院」として3階建ての病院(入院9床)を新築開院する。
昭和20年: 東京空襲で東京医院は消失、財団法人同仁会はGHQの命令により解散となる。
昭和21年: 神田区淡路町2-8の旧東京医師会館に移転し、金子義晁院長のもと「同和病院」と改称して再出発する。
昭和24年: 同和病院は財団法人取得、理事長に金子義晁院長が就任。
昭和29年: 緒方知三郎博士(東京帝国大学医学部病理学教授、退官後は東京医科大学学長)同和病院の理事就任  同和病院内に老人病研究所を設立。
昭和41年: 金子義晁院長逝去の後、前田貞正博士(東北大卒、初代金子義晁理事長・院長の娘婿)理事長並びに福原譲蔵博士(北大卒・同和病院副院長)院長の新体制となる。
昭和48年: 理事長前田貞正博士、三代目院長就任。50床の病院とし発展する。
昭和58年: 千代田区福祉部と提携し、高齢者及び障害者一時預かり事業(ショートステイ)を開始。
平成 6年: 水山和之博士(筑波大学、前田貞正理事長・院長の娘婿)四代目院長就任。
介護力強化病院(特例許可老人 病棟)に転換、ペインクリニック開設、高齢者のリハビリテーション、訪問看護、往診を開始。
平成 8年: 前田貞正院長逝去の後、金子義明(金子義晁初代理事長・院長の長男)三代目理事長、水山院長の新体制のもと、新病院建設の事業に着手。人工透析センター開設。
平成10年: 財団法人同仁記念会同和病院と改称。現在地、神田須田町1-18に新病院完成。
明和病院と改称。
平成11年: 神田訪問看護ステーション開設。
平成19年: 財団法人を医療法人財団へ改組し、医療法人財団同仁記念会 明和病院となる。
水山和之院長四代目理事長就任。
平成22年: 病院内3階を改装し、健康管理センター開設。
平成22年: 神田訪問看護ステーション株式会社クレディに経営を移管。
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